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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

03 第三分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,353 字 · 371 页

青空文庫

北征

こうして信長は、一ぷくの茶の間に、大きな収穫をして引き揚げたが、その折、彼の傍らにいたひとりの男は、後に、信長へ向ってこういった。

「御主君。あなたは、せっかく宝の山に臨みながら、まだ、大きな名器を見のがして、拾い残しておいでになりましたな」

それは、当日もいた木下藤吉郎であった。信長は、眼をみはって、

「何。もっとよい名器があったと申すか」

「ありましたとも。――千宗易という人間です。あんな名器を、なぜお眼に止められなかったか。惜しいことでした。もっとも、後となっても、遅くはありませんが」

「ウむ、うむ。……なるほど、あれはいい茶碗だった。そのうち所望しよう」

ふたりは、頷きあって、微笑んだ。

北征

信長の京都進出以来、天下の耳目は、彼の行動にばかり気をとられていた。

眼に見えて、時流のうちに新人旧人が入れ代ってゆく。法令が改まってゆく。世態風俗までが徐々に変ってゆく。

(ここはどうなるだろう?)

たいがいな者が、自己の小さな生活の周りしか見なかった。

それも、恟々として、劇しい法令の出るたび、一喜一憂していた程度であるから、この中央の激変から、ひいては次の時代への大きな推移に、確と、見とおしをつけていた者は尠ないし、その機会をつかんで、信長の進出を、直ちに、自分の進出とし――自分の千載一遇とした者など、ほとんど