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しんさいゆうき

新西遊記

久生 十蘭

「別冊文藝春秋 第十九号新春小説集」1950(昭和25)年12月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,654 字 · 52 页

青空文庫

村端の峯々は吹雪や雪雲にとじられ、いつ見ても暗澹たるようすをしていたが、五月の中旬をすぎると、モヤモヤと立迷っていたものが吹っ切れてだしぬけにドーラギリの全貌があらわれた。ギザギザの尾根がいくつか重なった山襞のむこうに、のけぞらないと頂が見えないような氷の峯が、信じられないほどの高さで立ちあがっている。いままでドーラギリの頂上だとばかり思っていたのは、麓の山裾をとりまいている小山の尾根なのであった。

五月の終りごろ慧憧がやってきて、トルボ・セーへ行く気であるなら仕度をはじめたほうがいいという。トルボ・セーはドーラギリの向側、十日ほどの行程の谷合に隠れた山間の霊場で、一切経の写経はそこの精舎にあるのだが、ドーラギリは五月までは吹雪で通れず、六月の末からは雪が軟くなってこれまた通れなくなる。七月の末にはもう雪が降りだし、それが翌年の五月までつづく。ドーラギリ越えのできるのは五月中旬から六月末まで、一年のうちわずか四週間だけだから、行ったら来年の四月まで帰って来られない。それが承知なら山案内をさがしてやるというような話であった。頂の平らなあたりに、雪のない岩の肩がかすかに見える。