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しんさいゆうき

新西遊記

久生 十蘭

「別冊文藝春秋 第十九号新春小説集」1950(昭和25)年12月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,654 字 · 52 页

青空文庫

風当りのすくないところを探し、ツクツクをかぶって岩陰に身を寄せたが、寒気と泣き叫ぶような風の音でまんじりともできない。坐禅を組んで、眠るがごとく眠らざるがごとくにうつらうつらしていると、夜半近く、大雪になって雷さえ鳴りだした。雷鳴と吹雪のなかで、世界が生れ出る音を聞いたと思った。

夜が白むのを待って、反対のほうへ鞍部をさがしに出かけた。鉛のように重い足をひきずりながら一時間ばかりのぼると、凍った薄い空気にやられ、山に馴れたテンバまでが咳きこみだした。見るとテンバの唇が無くなっている。顔も唇もおなじような土気色になり、唇が朝顔の蕾のように口のなかへすぼみこんでいる。いうにいえぬ異様な顔つきだったが、それをなんだと思う気力もない。空気に飢え、いまにも窒息せんばかり。一歩ごとに四つから十ぐらい呼吸し、ものの五歩も歩けば、いちど停って休まないと心臓が破裂しそうになる。ものを考える力も判断する力もなくなって、夢現のまま機械のようにのぼっていると、テンバがなにかいいながら上のほうを指す。目の上の氷河の床から千五百尺ほどあがったところに、吹雪に傷められた荒れ肌の岩が二つならび、その間にザラメ雪に蔽われた切通しらしいものが見える。