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しんさいゆうき

新西遊記

久生 十蘭

「別冊文藝春秋 第十九号新春小説集」1950(昭和25)年12月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,654 字 · 52 页

青空文庫

いまさらそんなものを噛んでみても甲斐ないことだと思ったが、いわれたとおりにすると、いつとなく動悸が鎮まり、いくらかものの綾が見えるようになった。いまこそ成否のわかれ目と、夢中になって這いずりあがっているうちに、急に風の吹きかたがちがってきた。そこは烈風が吹き浄めた岩層が平らにひろがった西の岩肩で、ついむこうに降り口が見えている。合掌したまま思わずそこへ坐りこんでしまった。

二時間ほど降った岩曲で死んだようになって眠り、翌日一日下って、山腹のサンダーという寒村で泊った。三日ばかりそこで休養してから、厚く犒ってテンバを帰し、六貫目ばかりになった荷を背負ってトルボ・セーのほうへ歩きだした。十日目の正午頃、見おろすような深い谷間にそれらしい村を見たが、ここで足をとめると、これからの先行きがむずかしくなると、そのまま北へ北へと進み、ネパールと西蔵の国境になっているクヒガングリの頂上にのぼりついた。

山は北側へゆるくなだれ降り、西蔵高原の山々が八重波のようにおし重なっている間を、一筋、河が白く光りながら流れている。後を振り返ると、二十日前に越えてきたドーラギリが、ヒマラヤの氷壁の上に架空のような唐突な山容を見せ、雲をつくばかりにぬきだしている。