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たびだち
旅だち
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,059 字 · 24 页
副島さんからは、敏子の意向を確かめてくれと、度々催促がありましたし、後には、伯母さんが筒井直介と一緒に伺ってもよいかと言ってきました。まだ独身で理科大学の研空室に毎日通ってる敏子の兄は敏子の結婚の話などは意にも留めず、敏子の意志に任せたらよかろうとだけ言いました。そして母一人で気を揉みました。
母は敏子にいろいろ説きました。もう敏子も二十四歳になっていること、筒井直介の家柄や人柄のこと、副島さんがたいへん気を入れていて下さること、副島さんには父の歿後ずいぶん世話になっていること、もう確かな返事をしなければ義理が立たないこと、などを繰り返し語りました。
そういう時、母はいつも、大きな桐胴の火鉢の中をのぞきこみ、視線で灰をかきならしてるような態度でした。調子はしみじみと、敏子にではなく、自分自身に言ってきかしてるかのようでした。
「まあ御交際だけでもしてみては、どうでしょうね。この節では、御交際したあとで、はっきりいずれともきめて、差支えありませんでしょう。副島の伯母さまが、あの人を連れてきて下さるそうですから、お任せしておきましょうよ。ただ、その時になって、あなたがあの人に逢うのを嫌がって、逃げだしたりすると、それこそ困りますから、そのことだけはっきりしておかなければなりませんよ。