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にほんのみんしゅうと「にほんてきなるもの」

日本の民衆と「日本的なるもの」

戸坂 潤

「改造」1937(昭和12)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,821 字 · 18 页

青空文庫

文学者の作家としての自我という認識用具が(作家は自分でそういう認識用具となるのだが)、山を降って民衆にまで下りて行くのか、それとも作家自身が初めから一人の民衆として出発するのか、それは極めて重大な区別であるが、とに角自我を日本の民衆と結びつけずにはいられなくなったということは、ブルジョア純文学という約束の下に於ける一つの進歩だと云わねばならぬ。旧くは文学の政治性と云われたもの、最近では文学の社会性とか、又それに連関して文学者の教養とか呼ばれたものは、とにかくこういう形で取り上げられて来たのである。

私は少なくともこの限り、ブルジョア文学に於ける「日本的なるもの」と云うのは今の説明によって実は日本民衆的なものということになるわけだが、之が単に満州行動をシグナルとする処の日本文化上のファッショ化(日本型ファシズムという言葉が許されるとして)に原因しているとばかりは考えない。それが原因として指摘されねばならぬのは、話しがもっと進んだ先の階段で必要になることで、今ここではそう云い切れない。そういう社会事情がなくても、ブルジョア文学は失われた自我の捜索の結果、早晩ここまで来ただろう。