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にほんふどうき

日本婦道記

山本 周五郎

春三たび

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,829 字 · 25 页

青空文庫

「かたじけのう存じます……」

そう云うのがようやくのことで、すぎ女もついに両手で面を掩った。伊緒は泣かなかった、はじめくらくらとめまいを感じたが、それが鎮まると立っていって、戸袋の中から良人の位牌をとりだし、まさしく仏壇に安置して燈明と香をあげた。そしてその前へしずかに手をつき、生きている人にでも云うようにはっきりと云った。

「旦那さま、お聞きのとおりでございます、お討死ということがきまり、軍鑑にも記されましたと……これで御成仏あそばしましょう、わたくしもうれしゅう存じます」

ながいあいだ戸袋の暗がりにあって、ひそかに香華の手向けをしてきた位牌だった、それがいま暗がりから出るときが来たのだ、今こそ世の光をあびることができるのだ。

玄蕃もそっと眼を押しぬぐっていたが、やがてすぎ女にむかって云いだした。

「うちあけて申すが、これは伊緒どののお手柄です、さきごろお上の御意で洪水の被害のおとりしらべがあった、特に貧困の者には御憐愍のお沙汰があるとのことで、精しくしらべあげた調書のなかに、この家のことも書かれてあった、こなたはむろん知るまいが、伊緒どのの評判は、かねてお上の耳にも達していたとみえ、伝四郎どの討死のことをあらためて吟味せよという仰せが出た、……軍目付、組がしら、槍奉行、その他の合議が幾たびとなく繰り返さ