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にほんふどうき

日本婦道記

山本 周五郎

小指

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,032 字 · 22 页

青空文庫

彼はけげんそうに母を見やった。「あれのことですよ」なお女はいいにくそうにいった、「……八重のことをまだ考えておいでなんですか」「ああ八重ですか」平三郎はすなおに頷いた、「……あのときは困りました、約束の者があるなんて考えもしませんでしたからね」

なお女には彼の心を占めているものが八重その者であるか、それともあの時の不幸な「条件」であるか判然としなくなったが、ともかく彼にはまだ結婚する意志のないことだけはわかった。それから後も縁談はしばしばあったが、「まあもう少し」という平三郎の気持を思いやって、毎もそのまま話をすすめずに通していった。

翌々年の秋の末、新五兵衛がとつぜん病歿した。高熱が数日続いたあとで、医者も死因の判断に迷ったほど急なことだった。……平三郎が跡を継ぐと、またひとしきり縁談が起った。こんどは直に彼をとらえて説得する者もあったが、やはりどの話も具体的に纏まらず、「父の一年でも済ましたら」という挨拶で、みなひきさがるより他なかった。こうして更に六年の月日がながれ去り、彼は三十三という年を迎えた、それまで我子のいうことに黙って同意していたなお女も、それ以上待つことに耐えられなくなったのだろう、「もう、そろそろ身を固めなくては……」