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にっき

日記

宮本 百合子

19 一九三三年(昭和八年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,029 字 · 5 页

青空文庫

八月十一日

八月十一日

国府津の海岸。夕方の六時すぎから七時、七時半、段々あたりが暗くなる裡に上げ潮の白い波頭が遠く二宮の海岸の方にまでよせては引く景色が実に美しい。

渚に立って、足の先を波に洗わせながら自分は、思いに沈んでいた。

愛するものの逞しい腕につらまってこの波に浮び、全身を力づよい潮にまかせて洗われたら、どんなに幸福であろうか、と。――

そして、幸福というものの感覚を鋭く鋭く感じた。「幸福」は観念ではない。よくひとは、何々を考えれば幸福であるというような事を云うがそれは内容のないオームの表現だ。幸福は感覚だ。しかも或人に対して或特定の条件によってだけ感じられる感覚だ。

景色が美しければ美しいほど心なぐさまぬ自分をはっきり感じた。その心は巖のようであった。ことごとに存在をはっきりするばかり。

○同じとき

四辺がすっかり暗くなった。夜づりの灯が水平線に規則正しい間かくを置いてキラキラ輝き出した。

それは陸から見ると美しい。しかし、その沖の灯の下にある飢えを考えると、私共はその美しさを云々することに気恥しさを感じる。社会は変らねばならぬ。すべての自然の美を、美として甦らせ得る社会が来なければならない。