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むかしのかじ

昔の火事

宮本 百合子

「改造」1940(昭和15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,494 字 · 21 页

青空文庫

弟子の良太が白い布をとってやると、猛之介は伸びをするように手脚を張りながら、洗面台の方へ行った。

丹前のふところ手で、苅りたての頸筋のあたり、剃りたての顎のあたりに軽い風をうけながら猛之介は改正道路を、うちの方へ横切った。荒物屋の日除けの鉄棒のところへ何か下っていたので見ると、それは夜間英語教授という広告であった。昼間働いて夜だけ勉強したい方は、僅の時間で英語の進歩する教授を御利用下さい。その荒物屋の家内は猛之介がよく知っている。英語なんかやる人間はない筈だ。そうしてみれば、誰かがたのんで、ここの店先へ札を出して貰っているのだろう。誰も、彼も、その向き向きで儲けようとしている、と猛之介は考えた。そして、それは極めて当然のことと思えた。儲けられるところをいくらかでも儲けないものは要するにうとい人間だし、そのたのしみがあってこそ、人間は動いているのだ。

身代を大きくした猛之介の祖父さんの由兵衛という男は畦の由兵衛という綽名で呼ばれて生涯を終った。自分の田の畦、畑の畔から野良道へ出るとき、由兵衛はいちいち草履の底をこそげて一かたまりの土でも自分の家の土を、どこのどいつでも歩く道へ持ち出さないようにした。