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せいざ

星座

有島 武郎

1922(大正11)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,460 字 · 235 页

青空文庫

文学者なんて奴は、尾鰭をつけることがうまいですからね」

渡瀬さんはこだわりなさそうに笑ったが、やがていくらかまじめになって、

「今日はお母さんは……お留守ですか」

「診察に出かけました……よろしくと申していました」

正しい心がけで……おぬいは怖れることは露ほどもないと心を落ちつけた。

「じゃ先をやりますかな……」

渡瀬さんは書物を手に取り上げて、しばらくどこともなく頁をくっていたが、少し失礼だと思うほどまともにおぬいを見やりながら、

「おぬいさん」

といった。渡瀬さんから自分の名を呼ばれるのはおぬいには始めてだった。

「はい」

おぬいもまじろがずに渡瀬さんを見た。

「やあ困るな、そうまじめに出られちゃ……あなたは今の話で涙が出るといいましたが、……あなたにもそんな経験があったんですか」

「いいえ」

おぬいはここぞと思って、きっぱりと答えた。

「それで泣くというのは変ですねえ」

渡瀬さんは少し大ぎょうにこういいながら、立ち上ってストーヴに薪をくべに行こうとした。おぬいも反射的に立ち上ってその方に行きかけたが、二人が触れあわんばかりに互に近寄った時、渡瀬の全身から何か脅かすようなものが迸りでるのを感じて、急いで身をひるがえしてもとの座になおった。