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はるいくたび
春いくたび
山本 周五郎
山本周五郎『春いくたび』。同一底本的分册已合并为一书。收入:春いくたび、だんまり伝九、伝四郎兄妹、峠の手毬唄、初午試合討ち、梟谷物語、武道宵節句。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 70,094 字 · 142 页
――夜はすっかり更けて、浪宅を取巻く藪が、さやさやと静かに風の音をたてている。
「宵節句の馳走が、思わぬことですっかり邪魔をされた、おまえもおなかが空いたであろう、三樹もぺこぺこだぞ」
「でも嬉しそうでしたことねえ」
「うむ」
三樹八郎は太息をついた。――あの兄妹にはふたたび春がめぐってきた。しかし自分たちの運命は依然として動かない、やはり妹を刺して自殺するより他に道はないのだ。
「では御馳走のやり直しをいたしましょう」
そういって立上った加代は、ふと――足許に紫色の袱紗包が落ちているのをみつけた。
「あら、こんな物が……」
「なんだ」
「家のではございませんわね」
拾いあげた袱紗包の下から、一通の手紙が現われた、取ってみると、
村松殿銀之丞より
と認めてある。
「まあ、お兄さま、山県様のお手紙が添えてございますわ」
「見せてくれ」取る手遅しと披いてみると、
――今宵のこと、御礼の言葉もありません、別包の金子は旅費の残り、失礼ながら寸志としてお受取りください。申上げては却って御受納くださらぬと存じ、はなはだ無躾ながらそっと置いて参ります。お心置きなくお使い捨てください。