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はるいくたび
春いくたび
山本 周五郎
山本周五郎『春いくたび』。同一底本的分册已合并为一书。收入:春いくたび、だんまり伝九、伝四郎兄妹、峠の手毬唄、初午試合討ち、梟谷物語、武道宵節句。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 70,094 字 · 142 页
「…………」
「世間でなんといおうと、玄蕃様がどのようにおっしゃろうと母は伝四郎を信じています。おまえにはまだ信じられませぬか」
「……いいえ、いいえお母さま」
「それならつまらぬ心配はおやめなさい、そして兄さまを信じているのです。世界中の人たちが悪口をいっても、わたしやおまえは信じていなければいけません、わかりましたね」
「……はい」
若菜はおとなしくうなずいた。
けれどそれで心配が消えてしまったわけではなかった。母や自分がいくら信じていても、裏切者という世間のうわさはどうしようもない。このままでおけばやがて、母や自分たち姉妹はこの城下からおわれるかも知れない。いやそれよりもたいせつなことは菊池家の名誉だ、武時公からこのかたけがれなき家名を、不忠不義とよばせておいていいだろうか。
――いけない、いけないわ!
若菜ははげしく首をふった。
――たとえ一日だってそんなけがらわしい名でよばせてはおけないわ!
ではどうしたらよいか。
若菜はいろいろと考えた。寝所へはいって枕についてからも、どうしたら不名誉なうわさを消すことができるか、どうしたら兄の汚名をそそぐことができるかと、ふけわたる夜のやみを見すえながら考えめぐらせた。