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しゅんもう

春盲

豊島 与志雄

「人間」1951(昭和26)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,296 字 · 17 页

青空文庫

」

「ええどうぞ。」

彼女が怒ってたって構やしない。もう十二時近くだ。山田はふらふらする足で出て行った。粗らな小店の表戸ももう締め切ってあった。かすかに春草の匂いのする荒野で、山田は小便をした。それから少し行くと、後から美津子が駆けてきた。

「あなた、怒ったの。なにか気に障ることがあったら、御免なさい。」

「怒ってやしません。」

「でも、何か考えていらっしゃるんでしょう。真直に海の中へ入るなんて……。考えちゃいや。ね、もう何も考えないことにするの。」

山田は黙っていた。

「新緑の旅のことも、取り止めにしていいわ。ただ……。」

山田の肩に縋りついてくる拍子に、彼女はよろけ、援け起そうとする山田の肱を横腹に受けて、その場に転がり、一声うめいて、伸びてしまった。山田の肱がそう強く当った筈はないし、地面にどこかをそう強く打ちつけた筈はないし、訳が分らなかった。

山田は彼女の上に屈みこんだ。手探りしてみると、彼女の額は冷たく、細い息は熱かった。そして膝を折り曲げ、ただぐったりしていた。抱え起したが、彼女はもう歩けないらしく、全身の重みでのしかかってきた。山田は肩と半背で彼女を支え、半ば背負うようにして、彼女の家の方へ戻っていった。