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しゅんもう

春盲

豊島 与志雄

「人間」1951(昭和26)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,296 字 · 17 页

青空文庫

時によって変る文句を前後に置いて中身は、ちょっと来て頂けませんか。それを、紙片に鉛筆で書いて、縦に細かく折りたたみ、丁寧に一結びして、少女に持たせて寄来すのである。返事も待たず、届けっ放しだ。小鳥と同様、ちょっと来い、ちょっと来いと、鳴きっ放しだ。

山田の方では、小鳥の声なら聞きっ放しでいいが、美津子からの結び文では、そうはいかない。彼は駒下駄をつっかけて、のこのこ出かけてゆく。

焼け残りの部落を出はずれ、小さな商店がぽつりぽつりと建ってる荒地を少しく行くと、その先の部落のとっつきに、彼女の家がある。ちょっと来いの時、彼女はたいてい、奥の居間で、炬燵にもぐり込んでいる。もういくらかぽかぽかと、春だというのに、まだ炬燵か……とは思っても、山田もやはりその炬燵にもぐり込む。

「なにしていらしたの。」

山田は苦笑するだけだ。男一匹、何にもしないでおられるわけはない。なにかかにか、用をしたり、考えたり、然し結局、何にもしないと同じことだ。

「いったい、どうしたんですか。」

「ただ、お逢いしたかっただけ。」

彼女は眼尻で笑い、山田は溜息をつく。

ちょっと来い、ちょっと来い。