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しゅんもう
春盲
豊島 与志雄
「人間」1951(昭和26)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,296 字 · 17 页
鳥の声と同じで、何も用はないのだ。腹を立てるほどのことでもないが、なにかしら苛ら立たしい思いで、山田は煙草を吹かす。
「また……はじまった。悪い癖だ。酒でも奢んなさいよ。」
「それこそ、悪い癖よ、なにかをいえばすぐ、お酒だって……。」
彼女は大して酒好きではない。ただ、山田と一緒に飲むのが楽しいというのが、彼女自身の言い草である。そして、酔えばなにかと口舌が始まる。それも大した口舌ではない。つまり、下らないことをあれこれ並べ立てて、愛情の保証を求めようとするのだ。然し、愛情の保証なんて、世の中にいったい確実なものが何があるか。結婚とは、いつでも破ることの出来る形式に過ぎない。子供を拵えることは、無意識の偶然の現象に過ぎない。起請誓紙などは、古めかしい反故に過ぎない。だから、ちょっと来い……そしてすぐに来る。それだけが最も確実な保証なのだ。
「それでは、いつでも来て下さいますね。」
「この通り、来ていますよ。」
然しそれが、週に一回とか五日に一回とかならば、まだよいが、次第に頻繁に、殆んど毎日のようになっているのである。山田の頭に憂欝なものが立ちこめる。それでも彼は、美津子の結び文を心待ちにし、それが来ないと、自分の方からのこのこ出かけて行く。