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はる
春
豊島 与志雄
「文芸春秋」1926(大正15)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,464 字 · 21 页
キスくらいが何だい、下らない……か。そこが、プラトニックの、その……。」
「いいさ、ねえ、」と一人がお喜代に言葉を向ける、「キスくらいが何だい、下らない……。」
「ええそうよ。」
これはまたきっぱりとしている。余りにきっぱりとしているので、誰も一寸口を出さない。
煙草の煙と酔っ払った人いきれとで、もうっとした春の夜である。しいんとなったとたんだけが底寒くて、後はむしむしとする。
「そうさ。」
プラトニックに対して時置いて応えたのが、お喜代に応えた形になって、和田弁太郎は一寸ためらう。
「ねえ。」
言葉の受け答えが、そのまま咄嗟の気持になってゆく。
「うむ。僕と君と、ここで皆に証明してやろう。」
つかつかと歩み寄ると、彼女はじっと身動きもしない。その肩を捉えて、唇を頬に持ってゆく。それから我を忘れて、唇の上に……。
一同は気を呑まれて、息をつめている。和田弁太郎も茫然とつっ立ってしまう。お喜代が一人、くくくくと忍び笑いをする。
瞬間にぷっつり息が切れて、わあっとしたどよめきになる。和田弁太郎は緊張した顔付で、そのままカフェーを飛び出していった。
小説家は一寸話を切って、どうだろう、という工合に三度批評家の顔を見ました。