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はる

春

豊島 与志雄

「文芸春秋」1926(大正15)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,464 字 · 21 页

青空文庫

「それは面白い。」と批評家は云いました。

「それでいいじゃないか。」

ところが、それが何だか小説家の気に入らないようでした。

「然し、彼は彼女に接吻した……それだけじゃあ、どうかな。」

「では、その後に、一寸何かつけ加えたらいいだろう。」

「それを僕は考えてるんだ。彼はひどく幽鬱になった……とか、彼ははっと晴々とした気持になった……とか、何かそんな風なことをね……。」

「うむ……然し幽鬱になったというのはどうも旧時代的だし、はっと晴々とした気持になった、というのはどうも余りに新時代的で、何だか不自然な作者の感想みたいに思われやしないかね。」

「だから僕は困っているんだ。彼女に接吻した、だけじゃあどうも納まりがつかない。」

「だが、その、実際の話はどうなんだ。実際のその男の話は。」

「それがね、むつかしいんだ。彼女に接吻した、それから変な気になって、郷里へ帰ってゆく。すると、お梅はもういない。母がうすうす事情を悟って、お梅には暇を出してしまったのだ。彼はその母の心にひどく感激して、すぐに東京へ舞い戻って、寄宿舎の仲間から何と云われようが平気で、熱心に勉強し出した、とそういう話なんだ。