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ばんか

晩夏

堀 辰雄

「婦人公論」1940(昭和15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,249 字 · 27 页

青空文庫

「何あに?」と、ひょっとしたら妻が私に追いついて訊き返しはしないかしらと思った。しかし妻にはそれが聞えよう筈もなく、私の少しあとから黙ってついて来るだけだった。

*

夕方、食堂でまた例の外人の娘達と一しょになった。いつも同じように食堂へはいって来て、いつも同じように卓に向い、そして食事の間はいつも同じように言葉少なに話し合っている。向うでもこっちの事をそれと同じように考えているかも知れない。

こんやはセロリが皿の上に姿を見せないと思ったら、スウプの中にはいっていやあがった。食事中、いつまでもその匂が口に残っていた。

私達は二階の部屋へ、その外人の娘達はそのまま外へ出て往った。

私はこんや中にはどうしても「猶太びとの」を読み了えてしまうつもりだった。妻を先きに寝かせて、夜遅くまで一人でそれを読んでいた。――フリイドリッヒとヨハンが村から姿を消してしまってから、三十年近い月日が立つ。(その間にフリイドリッヒの母親も死に、村の人々もすっかり変ってしまうが、猶太人がその下で殺された※(「木+無」、第3水準1-86-12)の木だけは昔のままに残っている。