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くらがりのおとまつ

暗がりの乙松

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,992 字 · 25 页

青空文庫

「ずっと前っから家の苦しいこたあ察していたが、まさかこんなことになろうとは……」

「お主の聞違えじゃあるまいの」

若者の声は慄えている。

「聞違えすることかよ、茂吉さ。現に今日、父さんが二百両という金を持って帰っただ、あれが姉さの身代金だと云うだ」

「姉さんはどこへ行っただか」

「沼津の女衒藤兵衛とやらいう人が連れて、江戸の新吉原とかへ売られたと聞いただよ、おらもうそれを聞いたら姉さが可哀そうで、可哀そうで飯も喉へ通んねえだ」

「とんだことになったのう」

「姉さは家のために身を売らしっただに、妹のおらが安閑としてこんな……」

「何を云うだ」

若者は労わるように遮った、「おぬしはまだやっと十七でねえか、どっちが身を売るとなりゃ、済まぬ言分だが姉さんの行くが順当だ、――こんな時おらにもっと甲斐性さえありゃ、なんとかして切抜けるだに」

「茂吉さ、そんなこと云わねえでくろ、おらこそ茂吉さに済まねえと思ってるだ」

「何が済まねえことがあるだよ」

「お女郎の姉さなどもつようになったおらを嫁にもらったら、世間できっと何ぞかぞ云うに違えねえ、それを考えるとおら……」

「お稲さ」

茂吉は思わず娘の手を握った、「おぬし、いまからそんな心配してどうなるだ、たとえ世間が何と云おうと、家のために身を売った姉さんなら立派なものでねえか、おらあ大威張りで