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あらの

曠野

堀 辰雄

「改造」1941(昭和16)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,315 字 · 21 页

青空文庫

三

それからまだしばらく池のほとりで草の中を人の歩きまわっている物音が聞えていた。最後に男の声がしたときは、もう女のいる対の屋からは遠のいて、向いの尼のいる対の屋の方へ近づき出しているらしかった。それからもう何んの物音もしなくなった。

すべては失われてしまったのだ。男は其処にいた。其処にいたことはたしかだ。それを女にたしかめでもするように、男の歩み去った山吹の茂みの上には、まだ蜘の網が破れたままいくすじか垂れさがって夕月に光って見えた。女はその儘荒らな板敷のうえにいつまでも泣き伏していた。……

三

それから半年ばかり立った。

近江の国から、或郡司の息子が宿直のために京に上って来て、そのおばにあたる尼のもとに泊ることになったのは、ちょうど秋の末のことだった。

それから何日かの後、郡司の息子が異様に目を赫やかせながら言った。「きのうの夕方、向うの壊れ残りの寝殿に焚きものを捜しに往きますと、西の対にちょうど夕日が一ぱいさし込んでいて、破れた簾ごしにまだ若そうな女のひとが一人、いかにも物思わしげに臥せっているのがくっきりと見えましたので、私はおどろいてその儘帰って来てしまいましたが、あれはどなたなのですか。