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あさのかぜ

朝の風

宮本 百合子

「日本評論」1940(昭和15)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,605 字 · 31 页

青空文庫

「生れました?」

「おめでとうございます。立派なお嬢ちゃんです」

サヨは膝の力が抜けてゆくようなよろこびの感じを、初めてこの時経験した。階下へおりるまでに、こんどは続けて赤坊のなき声がして、それはまだ見ない自分たちの赤坊の精一杯の生への呼びかけで、サヨは可愛さがほとばしって喉へこみあげた。

傍の電話室へ入って、進一を呼び出した。サヨは興奮した声で、

「いま、安産よ」

と告げた。

「女の児よ。盛にないているの、きこえますか?」

進一は曖昧な返事をした。サヨは、

「ちょっとお待ちなさい、きかしてあげるから」

そう云って電話室のガラス戸をあけて、受話器を紐の長さいっぱいに廊下へ向けて引っぱった。

「ほら! ないている。いい声でしょう?」

しかし、電話でいま生れたばかりの赤坊の声をきかせるのは無理なことだった。すぐ進一が来るということで、切った。

そこは産室につづいた廊下の端れで、二枚のドアが市内らしく狭い内庭に向ってあいていた。朝露に濡れた平石の上に石菖の大きな鉢がおいてあって、細く茂りあった葉もまだ露を含んでいる。綺麗にしめりけを帯びた青い細葉の色が夜じゅう眠らなかったサヨの瞳にしみ入った。