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あさのかぜ

朝の風

宮本 百合子

「日本評論」1940(昭和15)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,605 字 · 31 页

青空文庫

「ごめんなさい」

と云った。

「無駄足させて」

「いいわよ、そんなこと」

二人は足を揃えてさも何か用事のところからのかえり路のようにサヨの家まで一気に戻ったが、格子の戸じまりをあけているうちに、サヨは滑稽でたまらなくなったように笑い出した。

「いやあねえ、まったく私何て頓馬なんでしょう」

重吉にこのことを話したら、重吉は何というだろう。咎めはすまい。ばかだなあ、と少し鼻の頭に皺をよせるような笑いかたをしてサヨを見ることだろう。サヨはおとなしい優しい気になりながら笑いやめて締りをあけるのであった。

夏になって、原っぱの草はそこを通り抜けて近道をゆく人の腰から下をかくすくらいの高さに繁った。バッタ捕りの子供たちが一日じゅうその草の間をわけて走った。原っぱの右側の遠くに日の丸の旗が風にはためくようになった、そこが自動車練習場になって、幌形のボロ自動車が前進したりバックしたりしているのが遙に見られた。噂さでは、原っぱはこのままにしておいて、やがて飛行公園にするのだということだった。樹木も何もない草地へいきなり飛行機が着陸できるようにしておくのだそうだ。そういう噂さも、戦争のはじまっている時節がら、根のないことばかりとも思われなかった。