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きそおんたけのはなし
木曾御岳の話
木暮 理太郎
「日本山岳会会報」1933(昭和8)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,366 字 · 15 页
それは田部君も言ったけれども、われわれはどうも昔のことをひどくいいように覚えているのです。木なんかでも実際はそれ程でもなかったろうと思うが非常に大きかったように覚えている。どうもそういう傾向――癖がある。その頃私は『太平記』を愛読しておりましたが、「山路雨無うして空翠常に衣をうるほす」という文句があるのを思い出して、うまいことをいったもんだとつくづく感心しました。それは藪原から先へ行きますと宮越までの間は、両側が迫って来て大きな木が立ちならび、水楢や橡などもあったように思うが、繁り合った葉がそよふく風に揺れて、其間から洩れる日の光が翠の竪縞を織りなしている。その並木の間を通るとひやりと涼しく、しっとりした感じはいい気持ちで、これが空翠というのだなとおもいました。
それから福島の蔦屋に一泊して翌日王滝へはいった。福島から木曾川を渡ると間もなくかなり大きな黒木の林が続いて、下を流れている川は見ようと思っても見られなかった。一と所脚の下に川を瞰る場所があって矢張り木曾川と思っていたら、それは王滝川で、いつの間にか右へ廻り込んでいたのでした。其後に行った時はもうそんな林はどこへけし飛んでしまったか少しも見られませんでしたが、その当時はそこに黒木の林が茂っておった。