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ほんちょうへんたいそうれいし

本朝変態葬礼史

中山 太郎

「犯罪科学 増刊号 異状風俗資料研究号」1931(昭和6)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,960 字 · 24 页

青空文庫

水葬とともに他の土葬も火葬も並び行われたことは勿論である。ただ補陀洛渡海と称する、自分が生きながら水葬するものについては、後で詳しく述べるとする。

風葬は一に大蔵とも云い、屍体を焼きそれを粉末となし、風のままに吹き飛ばしてしまう葬法である。養老の喪葬令に、三位以上及び別祖、氏宗の外は墓を造ることを得ず、また墓を造る資格ある者でも、大蔵を慾する者は聴せと規定してある。しかしてこの大蔵とは大天地の間に蔵すと云う意味で、その方法は風葬と同一である。我国では畏くも淳和上皇が遺詔して、御骨を砕いて粉となし、これを山中に散ずるよう命じ給うた。この時に中納言藤原吉野が『昔、宇治の稚彦皇子が遺教して、自ら骨を散ぜしめ、後世これに傚う者があるも、これは皇子の事であって、帝王の迹にあらず、我国上古より山陵を起さざるは、未だ聞かざる所である』と諫諍を試みたが、遂に容れられずして上皇の遺勅の如く、大原野西山の嶺上にて散らし奉ったとある。しかしながら藤原吉野の言った、宇治稚彦皇子が風葬を行われたことは古史に見えぬ。これは当時の伝説であろうけれども、喪葬令に大蔵を聴せとある点から推すと、奈良朝以後には相当に行われたものと見て差支えあるまい。