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ほんちょうへんたいそうれいし
本朝変態葬礼史
中山 太郎
「犯罪科学 増刊号 異状風俗資料研究号」1931(昭和6)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,960 字 · 24 页
殉死の発生と殺老及び棄老
だと信じたのである。石廓や石棺を用いる厚葬が工夫され、使用の器具が副葬されたのもみなこれが為めである。
そしてこうした観念のもとに出発した我国の葬儀にあっても、その時代の信仰により、またはその地方の習俗により、多種多様なる変態的葬礼が発生するに至った。限られた紙幅とてその委曲を尽くすことは思いも寄らぬが、重なるものについて記述する。
殉死の発生と殺老及び棄老
殉死のさかんに行われた時代にあっては、それは必ずしも変態の葬礼とは言えぬけれども、それかと言うて常態とも想われぬので略述する。魏志の倭人伝によると女酋卑弥呼が死んだ折に、奴婢百余人を殉葬したとあるが、この女酋は我国の文献には載せてないのでしばらく措き、殉死の我が記録に見えた初めは垂仁紀の左の記事である。
二十八年冬十月、天皇の母弟倭彦命薨せぬ。十一月倭彦命を身挟桃花坂に葬る。こゝに近習の者を集へて、悉に生きながらにして陵域に埋め立つ。数日死なず、昼夜泣ち吟ぶ。遂に死して爛※りぬ。犬烏聚りむ。天皇此の泣ち吟ぶ声を聞きて、心に悲傷有す。群卿に詔して曰く、それ生くるときに愛みし所を以て亡者に殉はしむ。