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すぎこ
杉子
宮本 百合子
「新女苑」1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,552 字 · 19 页
鍵のてになった四畳半の濡縁に立ってこっちの葉の間を眺めていた杉子に、
「どうお、杉ちゃん。あなたちょっと行っておいて来てくれると、さぞおよろこびなんだがねえ」
と云った。
男二人の間に女が三人もあって、杉子のほかはみんなそれぞれに家庭をもっている。荻窪の糸子の家は、杉子の学校にも近いし、姉夫婦と気も合って、杉子はちょくちょく書物鞄のほかに、この節ではメリケン粉のつつみを出がけに持たされたりする。
今母からそう云われて、杉子は何となしすぐ返事しなかった。そしてひとりでに程よく波うっている髪にふちどられた大柄な瑞々しい顔だちの上で目を瞬くような表情をした。
「――午後からでいい?」
「結構さ」
「そんなら一時すぎたら。――ね」
くるりと踵でまわってスカートをふくらませたなり杉子は机の前へ引っこんだ。先週、一緒にやっている劇研究会のかえり、友雄は日曜の一時ごろ芸術座のカチャーロフの科白を吹込んだレコードを持って寄るかもしれないと云った。寄るかもしれないと不確に云われた言葉が、妙にはっきり杉子の心に刻まれていて、杉子は一時半までは家に居ようときめた。だって、それ以上待つわけがあるかしら?