轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
「藝文」京都大学文学部、1917(大正6)年8月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,142 字 · 134 页
ただしこの中沢は元盛のごとくに外から通勤したらしくはなく、三条西家の邸内に住んでおったらしい。そのほか実隆が永正六年に雇った青侍に、林五郎左衛門というのがある。近江高島郡の者で、数年間正親町一位入道の青侍をしたのであるが、日記に「新参のよう先ず召仕うべし」とあるから、返り新参ですなわち以前三条西家にも奉公した履歴のある者だろう。『親長記』文明六年の条に、内侍所刀自が病気になったにつき、親長は実隆の家の青侍林五郎左衛門といえる者を医師として、見舞にやったと記してあるからには、この林は同一人かあるいは親子であろう、そして当時しばしば見受ける素人医者であったものと考えられる。この林はその在所にいくらか資産のあった者と見え、永正七年近江が乱れた時、その資財の始末のため、賜暇を得て帰郷したことがある。なお森弥次郎、千世松の両人の三条西家の召仕人として見えているが、この両人は喧嘩両成敗で永正二年に暇を出されている。暇を出した後数日弥次郎の父が誅せられたということを聞いて、それとは知らず弥次郎を逐い出したのであったが、まことに好時分に出したもので、天の与うるところであったと、実隆は記している。