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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
「藝文」京都大学文学部、1917(大正6)年8月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,142 字 · 134 页
苧船の隻数は時々不同であるが、日記に見えるところでは、十一隻というのが最も多い。苧の課役の納期は年二回で五月と十月とであったろうと思われるのは、五月に受領しているのが、日記にたびたび見えるし、また延徳三年十二月の条に、次の年から十月中に究済せぬ時には利息を取り立てると苧商人らに申渡した記事があるからだ。しかしながらこの威嚇は効をなさなかったらしい。貢税額はハッキリわからぬ。明応七年五月の春成公用は二千疋とあるが、五年十二月の条には千二百疋とある。商人香取のことは前にちょっと述べたが、そのほかには日記には北林弥六という者苧商人雑掌と記されてある。こちらが苧商人の代表者であったかも知れぬ。この北林もまた時々実隆のために借金の周旋をしてやっている。
実隆は大略以上のごとき収入をもって暮らしを立てておったのであるが、しからばかかる楽屋を有する彼の公生活は如何であったろうか。次においてこれを述べることにしよう。
上文に述べたような楽屋を有する三条西実隆に、もし衣冠束帯をさしたならばどんな者になるであろうか。これがこれからして予の描こうとするところである。
そもそも実隆というのは、彼の最初からしての名ではない。