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とうようぶんかしにおけるぶっきょうのちい

東洋文化史における仏教の地位

高楠 順次郎

外務省文化事業部に於ける講演、1930(昭和5)年2月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,830 字 · 69 页

青空文庫

この経は四恩のことを書いてある大切な経であります。これはシナの一切経には霊仙三蔵が訳したとは書いてない、その訳した時に自分で写して日本の皇室に奉ったのが石山寺に残っている、それで分ったのです。霊仙訳と書いてあるのであります。この人だけは三蔵法師と称せられておった。

こういうふうにシナでたくさん訳出されまして日本に伝えたのでありますが、それを日本に伝えたのはまだ印刷しない前の一切経は玄※(「日+方」、第3水準1-85-13)僧正が唐の玄宗皇帝の時開元時代の写本一切経五千四十八巻全部携えて還って来たのであります。これは非常な努力であったろうと思うのであります。それで天平八年に帰ってきました。五千四十八巻の一切経で聖武天皇に献上した。そして聖武天皇の願経というものがありますが、朝廷からの特命で写さしめられた御経であります。この時のが日本に正式に一冊残らず全部渡って来た最初であると思います。これは玄※(「日+方」、第3水準1-85-13)僧正の将来であります。これが全一切経の根本になります。シナでは勅修――陛下が勅して拵えられる一切経、一切経を写すという事業が十五回ほど行われております。