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とうようぶんかしにおけるぶっきょうのちい
東洋文化史における仏教の地位
高楠 順次郎
外務省文化事業部に於ける講演、1930(昭和5)年2月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,830 字 · 69 页
どうせ説かれた通りであろう筈がない。それに偽作もあってこそ本当の思想も分りまた各時代の思想を見ることが出来る、偽作と偽作でないのとを比較区別するということが研究なので、本当の物だけであると研究も何も要らない。それでありますから一切経はまあたくさんあるだけよい、遅い物も早い物も一緒にあるのがよい、こういうように見たいと思うのであります。
それで百七十人の人が訳したのでありますがその中にたった一人日本人がいる、これはわれわれ忘れてはならない人で、奈良の興福寺から留学した霊仙法師、これが弘法大師、伝教大師などと一緒に入唐した、若いのに偉かってシナ学僧の上座に立ちて訳場の首席であった。そのため嫉みを受けて五台山に逃げて行っている中に朝鮮人に毒を盛られて殺されてしまった。その死ぬる時に五台山停点普通院の壁上に左の手記あるを慈覚大師が発見せられた、「日本国内供奉翻経大徳霊仙元和十五年九月十五日到此蘭若」としてあった。それから持っておった物などは常暁律師がシナに留学した時にシナ人弟子から受け取って還った。大元帥法という仏教の儀式は霊仙の教えた所である。霊仙はインドから来た般若三蔵の下に在って心地観経を訳した。