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とうようぶんかしにおけるぶっきょうのちい
東洋文化史における仏教の地位
高楠 順次郎
外務省文化事業部に於ける講演、1930(昭和5)年2月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,830 字 · 69 页
どの国に行っても日本のように徹底的な組織はない。これは日本の家族制度の組織がかくはっきりならしめた所以であります。その中で一層堅固に世襲で行くというような宗派もある。寺院組織を潰さないようにするのはわれわれの目前の要件であると思う。寺院仏教とか伝統宗教とかいって悪口はするものの、如何にしてもこれに似るべき組織は出来得ないのである。これは朝鮮にもないものでありますから、総督府は遽かに三十本山を認めたが、選び方がいけなかったので、その下に本山よりも偉い寺があるというようになって、多少困難に陥っている。とにかく一旦認めたのだからやめてはいかぬというので三十の本山を今も認めておりますが、かかる寺院組織の完備は自然の発達に待つとすると従来の寺院組織は日本として誇るに足るものであります。
学林としても残っているし、寺院としても残っている。すなわち学問としても残っており、信仰としても残っている。こういうぐあいに一寸刻みにやって残しているのは、これは日本人がやったので日本人が偉いのだと思います。儒教でもそうであります。儒教はシナで出来たものでありますが、シナは儒教の国ではない。