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けいまのげんそう

桂馬の幻想

坂口 安吾

「小説新潮 第八巻第一六号」1954(昭和29)年12月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,784 字 · 28 页

青空文庫

「大病ですか」

「知らねえ」

木戸はまた考えこんで歩きだした。橋の上までくると立ち止って、

「また戻ってみたくなりましたねえ」

「病人のことでかい?」

「それなんです。生きてる病人なら、どんどん戸を叩けば返事ぐらいするでしょう」

「ずいぶん叩いたじゃないか」

「だからですよ。あの戸締まりした家の中にたとえ重病人にしろ、生きた人間がいるのでしょうか」

「死んでると云うのかい?」

「まアね。死んでるというよりも、むしろ、殺されてやしませんか。四五桂は、それじゃないかと、いまひょッと、ね」

「キミは踏みこんでみるつもりかい? よその土地からきた赤の他人のキミが」

「二十円の借金返しに踏みこんじゃア変ですか。セーターを取り返すべく戸をこじあけて侵入せりは、たしかに名折れだなア。ハッハッハ」

どうやら木戸の思考も世間なみのところへ戻ってきたらしく、神妙に橋を渡って宿へ戻ったのである。そして二人は東京へ戻って別れた。

野村も、ひょッとするとそんなことがありうるかも知れないなと一度は思ってみたりした。木戸のカンが当っていれば絶好のニュースだから、新聞社を訪れて一応将棋記者の耳に入れておこうかと思ったのだが、まんまと外れていると天才児の将来のために良くない結果になるかも知れぬ。