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くわのきものがたり
桑の木物語
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页
「悠ちゃんのあんちゃん、また来てね」
悠二郎は黙ってさっさっと歩きだした。
そのときは虚木老がうまいぐあいにごまかした。聖堂を出るとき石段で転んで、眼のまわりをそんなにし、また枸橘の垣根で頬をひっ掻いたといった。信用したかどうか、父は黙っていたし、母もなんにも云わずに薬をつけて呉れた。
それから月にいちど舟仙へ出かけた。また三社祭りとか両国の花火とか、四万六千日とか草市などの、なつかしい行事のあるときには、定った日のほかにも伴れて出て呉れた。
若君と話をするようになったのは、その年の初秋のころだった。それまで若君は新泉にばかりくっついていて、彼などには眼もくれなかった。こっちはそのほうが有難い、暇さえあれば勝手にとびまわって、そのじぶんはもう広い上屋敷の隅から隅まで知っていた。――七月はじめから小太郎が出て来なくなった。病気だということで、若君のひどく淋しそうなようすが眼についた。悠二郎はそのとき初めて声をかけた。そうして若君の気をまぎらせてやろうと思って、耳へ口を押しつけて囁いた。
「魚をしゃくいにゆきましょうか」
若君はけげんそうな眼をしてこっちを見た。