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くわのきものがたり

桑の木物語

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页

青空文庫

「人間の寿命はそなわったものだと申します、仮にもし殿の御寿命が二十三までと致しましても、それまでにできるだけ広い多くの経験をなさり、充実したゆるみのない生活をあそばすとすれば、なすこともなく百年生きるより、はるかに、本当に生きたと申せるのではございませんか」

正篤はいつか眼をあけて、暗い天床の一隅をじっと見まもっていた。更けた夜のしじまには、庇を打つ雨の音が、さむざむとひそかに聞えてくる。――悠二郎はもう言葉を選むひまもなく、念いの口を衝いて出るままに云った。

「殿にもしものことがあれば、そのときは、悠二郎もお供を致します、決して、殿ひとりお死なせ申しは致しません、――人間はいつかはみんな死ぬのです、おそかれ早かれ、いずれはみんな死んでゆくのです、……殿、死ぬことをお考えなさいますな、大事なのは生きているうちのことです、できるだけ充実した生きかた、広く深いゆるみのない生きかたを考えましょう、そのときが来るまで、生きられるうちに充分に、生れてきた甲斐のあるように生きることを考えましょう」

「――わかった、よくわかった」

正篤はやや長い沈黙のあとでこう云った。