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うめづしえんおうでん

梅津只円翁伝

杉山 萠円

「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页

青空文庫

弟子の方を向いて張扇を構えた。

「モグモグ。さあ謡いなさい」

◇

夕方になると翁は一合入の透明な硝子燗瓶に酒を四分目ばかり入れて、猫板の附いた火鉢の上に載せるのをよく見受けた。前記喜多六平太氏の談によると翁は七五三に酒を飲んだというが、これは晩の七の分量に相当する分であったろう。

翁の嗜好は昔から淡白で、油濃いものが嫌いと老夫人がよく他人に吹聴して居られた。

筆者も稽古が遅くなった時、二三度夕食のお相伴をしたことがあるが、遠慮のないところ無類の肉類好きの祖父の影響を受けた自宅の夕食よりも遥かに粗末な、子供心に有難迷惑なものであった。

そのうちに翁は真赤になった顔を巨大な皺だらけの平手で撫でまわして、「モウ飯」と云った。燗瓶には必ず盃一杯分ばかり残していた。

◇

翁から直筆の短冊を貰った人は随分多いであろうと思う。筆者も七八枚持っていたが、人々に所望されて現在巻頭の二枚しか残っていない。

筆跡は巻頭に掲ぐる通り、二川様に、お家様、定家様、唐様等を加味したらしい雅順なものである。舞台上の翁の雄渾豪壮な風格はミジンも認められないが、恐らく翁の本性をあらわしたものであろう。