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しいのき
椎の木
豊島 与志雄
「経済往来」1934(昭和9)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页
身動きも出来なかった。
茂吉はつかつかと横手の室にはいっていった。物をぶっつけ破壊する激しい音がした。それから暫くひっそりとなって、やがてそこらをかきまわす音が続いた。
長い時間がたったようだった。声をかけられて彼女が顔をあげると、茂吉は死人のような顔色でつっ立っていた。手に小さな拳銃と小さな紙箱とを持っていた。
「これはどうしたんだ?」
彼女もびっくりした。それはまるで見覚えのないものだった。が彼女がもっと驚いたことには、茂吉の声はもう張りがなくて震えていた上に、拳銃をもってる手がわなわなとおののき、その眼から、はらはらと涙が流れだしたのだった。彼は拳銃をもってる手の甲でその涙を拭いた。そしてなおつっ立っていた。膝頭の震えるのが見えた。それから突然、彼はぎくりとしてあたりを見廻し、逃げるように出ていってしまった。最後に振向いて唇を動かしたようだったが、彼女の耳には何の言葉も達しなかった……。
彼女は一人残されて、全身麻痺したように坐り続けていた。そこへ川村さんと茂樹とがはいって来たのである。
なお、後できき合して分ったことであるが、竹山の家から程遠からぬ処で、幾人もの人が不思議な光景を見たのだった。