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しいのき

椎の木

豊島 与志雄

「経済往来」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,870 字 · 52 页

青空文庫

そしていいかげんに帰ろうとした。

その時、川村さんは急にまじめな顔をした。

「実は、君に少し頼みがあるんだが……。」

「ええ。何ですか。」

「金が、五千円ばかりいるんだが……どこか、僕に借してくれるようなところを、心当りがあったら、頼んでみてくれないか。担保になるようなものが何にもないので、全く信用だから、少しむずかしいかも知れないが……。」

良一は眼を見張った。

「ほんとですか。さっきの……湖水や山の話みたいに……。」

「いや、これはまじめな話だ。五千円ぜひいるんだ。もし出来なければ、出来ないだけの覚悟をしなければならない。」

良一は考えこんだ。

「急ぎなんですか。」

「一日も早い方がいいが、いつと期限はきまってはいない。」

「そうですね、五千円なんて、僕から話せるようなところはありませんが……考えて見ましょう。」

「ああ、頼むよ。五千円出来たら、ほんとに助かる。」

とにかく奔走してみると約束して、良一は辞し去った。玄関で、黒襟の女のひとが、馴れた手付でマントを着せてくれた。

二

良一は狐にでもつままれたような気持だった。元来掴みどころのない川村さんのことではあるが、九度五分の熱、黒襟の女、人をばかにした話、それから五千円……。