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つばきのはなのあか
椿の花の赤
豊島 与志雄
「公論」1940(昭和15)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,755 字 · 22 页
周囲の者がみな木偶坊に見えてきました。木偶坊といっても、鉄か石かコンクリーで出来てるやつです。頑丈だが、あらゆる意味で不感性のやつです。それらの中で、私一人酔っ払って、そこを飛び出して、ぼんやり歩いていますと、急に悲しくなりました。私には、世の中に、真の職場というものがないんです。精神を打ち込める職場というものがないんです。文学といったような空漠たるものでなく、もっと直接当面の職場です。それがどこにも発見出来ない悲しさです。この悲しさはなんだか、普通のものと質のちがったもので、ともすると、深い憂鬱か烈しい強暴かに変りそうな危険があります。そのことを、この鉄の鎖のぶらんこの上で考えていましたが、なんだかいい気持になってきました。」
「いい気持に……。」と私は繰返した。
「いい気持です。考えつめて、もう考えまいというところまで来ると、いい気持です。」
私はそれにはっきり同感が出来ず、然し何か心を打たれて、我知らず立上った、そして夜気を吸いながら煙草に火をつけると、別所も同じく煙草を吸いだした。
「まあゆっくり話そうよ。僕の家に来るんだろう。」
「もういいんです。