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えのきものがたり

榎物語

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页

青空文庫

実家へ知らせるどころか、親類を呼ぶ暇もなかった。急飛脚の持って来た手紙で、およその事情を知ったとき、母親のわかは激しく泣きながらさわを睨んだ。

「あんなによくできたいい子が死んで、おまえのような子が生きているなんて」と母は云った、「おまえが代りに死ねばよかった」

母はとり乱しているのだ、さわはそう思い、怒るよりは哀れだと思った。けれども、自分の部屋へはいって独りになると、涙がこぼれた。母が本心からそう望んで云ったのでないことは、疑ってみるまでもない。世間の親たちは同じような場合、よくそんなふうなことを口にするものだ。だからその言葉で母を恨むような気持はなかったが、ふだんなにも気にかけてもらえないのに、たまたま引合いに出されたとなると「おまえが代りに死ねばよかった」と云われた。それではあまりに自分がみじめだった。これがもしつねづね愛情をかけられ、大事にされていたとしたら、母の言葉はむしろ親子の愛情のあらわれと思えたであろう。だがそうではなかったのだ。

「そんなにもあたしは要らない子なのだろうか」とさわは喉を詰らせながら独り言を云った、「これでも妹と同じ血を分けた子なのだろうか」