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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

ない、ある限りの力で耐え忍び、耐えぬくのだ、これは亡き周防どのの遺志として、覚えていてもらいます」

主水は静かに低頭した。

甲斐は俯向いて、十左衛門が「ここだ」と杖で打った、裸の地面を見まもった。そうして、誰かに囁きかけるような、低く、やわらかい声で暗誦した。

「――このほどこころざし侯て、宿老のためとらわれとなり申し候、いにしえのおうとうのごとく、くるしみをうけ候えども、のちの世きく者、かんぜざらんことあるべからず、すこしもかなしみはなきものなり」

それは七十郎の遺書の一節である。十左衛門の眼から涙がこぼれ落ちたが、声は出さなかった。

「七十郎は七十郎らしく死んだ」と甲斐は十左衛門に云った、「彼は自分が、烈士として後世に残ることを信じていたのだ、彼のために悔やむことはないだろう、十左衛門、これからは身の保養につとめるがいい、――なが話しで日が昏れてしまったようだ、帰るとしようか」

「どうぞ」と十左衛門が会釈した、「私は伜が迎えにまいります、どうぞお先に」

甲斐はじっと十左衛門を見まもった。すっかり平静になった眼つきで、もう会うおりはないなとでも云うように、五拍子ばかり見まもっていて、それから、主水といっしょに去っていった。