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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
「帰ったら掴みにゆこう」
「つかみに、ですか」
「淵にある深い岩の隙間などで鰭を休める、それを潜っていって手で掴むのだ、宇乃はまだ見たことがなかったか」
「はい」といって宇乃はまた微笑した。甲斐のたのしそうな口ぶりが、子供めいていて可笑しくなったらしい、しかしすぐまじめな調子になり、帯ぐあいを直してやりながら云った、「――おばあさまからお手紙を預かってまいりました」
「母から手紙だって、――」
江戸番のときでさえ、母から手紙の来ることなどはめったにないので、甲斐は訝しそうに宇乃を見た。
「奥山大学さまがおいでになりましたから」と宇乃は云った、「たぶんそのことではないかと存じます」
甲斐はにわかに重い疲労を感じた。
「いつのことだ」
「昨日でございました」
甲斐は「風呂にはいる」と云った。
「お背中をながしましょう」
「いや、それには及ばない」
甲斐は首を振って、出ていった。
宇乃は風呂場の外に待っていて、やがて甲斐があがって来ると、浴衣を着せて汗をぬぐい、またべつの浴衣に替えるというふうに、三度それを繰り返してから、常着を着せた。甲斐は「客があるから食事を少し待つように」