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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

舎人はそう思って、おとなしく甲斐の話しを聞いていた。

やがて食事が終り、大助が膳を片づけて去ると、甲斐は温かい眼で舎人を見、いまどこにいるのかと訊いた。

「涌谷さまのお口添えで、山崎どのの役宅におります」

「山崎とは、――」

「郡奉行の山崎平太左衛門どのです」

「涌谷さまがそこへ」と甲斐は訝しそうに云った。

「――どういう御思案だろう」

「不都合でもございますか」

「山崎はいま、涌谷と寺池との境論を預かっていて、おそらく一ノ関からきびしく監視されているに相違ない」

「しかし私を知っている者はないと存じますが」

「いや危ない」と甲斐は首を振った、「今日は長沼玄叔という者に死罪の処置がきまった、舎人は知らないだろうが、玄叔はその父の罪によって、追放となったにもかかわらず、親族のはからいで城下へ戻り、江戸邸の中に寄宿していたことがわかったのだ」

「長沼と申しますと、江戸の聞番(幕府や他の諸侯との公的取次をする役)に善兵衛という者がおりましたが」

「その親族だ、善兵衛は玄叔を寄宿させた罪で家禄没収、追放ということにきまった」と甲斐は云った、「――記憶している者も少ないような、こんな古い出来事でさえ摘発される、舎人の場合はまだ月日も経たず、まして山崎は一ノ関の手中にあるようなものだ」