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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
には、薩摩と加賀を味方につけなければならない、それにはまだ時日が必要だ」
薩摩と加賀が味方につくかどうか。加賀へはいちど手掛りをつけてみたが、話しに乗るようすはまったくなかった。もちろんはっきりした話しはしなかったし、婉曲に打診してみた程度であったが、手を握るには多くの時日と努力が必要だ、ということははっきりした。
「どうしても、涌谷をなだめなければならない」甲斐は暫くしてまたそう呟いた、「どうしても、――だが、どうなだめたらいいか」
満願寺の鐘であろう、九つ(午前零時)を打つのが聞え、それからまもなく、甲斐は起きあがって蚊屋を出た。
家の中は寝しずまっていた。甲斐は船岡でも此処でも宿直を置かない、次の間から縁側へ出、そして庭へおりていった。曇っているとみえ、空には星ひとつなく、足もともわからないほどの闇夜であった。露に濡れた芝生ではこおろぎが鳴きしきってい、甲斐が歩いてゆくと、そのまわりだけ急に鳴きやむが、あゆみ去るとすぐにまた鳴き続けるのであった。
「――暗いな」と甲斐は呟いた。
すると誰かが答えるように思った。
――まるでいまわれわれの置かれた立場のように暗い。