轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

甲斐は立停った。そこは芝生の端れで、樅ノ木の植込にかかるところだった。その樅も船岡から移したものであるが、どういうわけか根付きが悪く、数年すると枯れてしまう。いまあるのは五年ほどまえに移させた若木で、数は三十本ばかりあるが、まだ丈も七八尺ぐらいしか伸びていなかった。

「いつ、どこで聞いたろう」

甲斐は闇の一点を見まもりながら、記憶の糸をたぐってみた。すると、茂庭周防のおもかげが眼にうかんだ。

「そうか」やがて甲斐は呟いた、「湯島の家の寝間だったな」

おくみの寝間だった、と甲斐は思った。大変のあった万治三年の十二月、忍んで来た周防に向かって、甲斐は国老辞任をすすめた。その話しのあとで、周防がそう云ったのだ。

――この闇夜には灯が一つあればいい、だがわれわれにはその一つの灯さえもない。

そのときの周防の声や姿が、暗い闇のついそこにあるように思われ、甲斐は立停ったまま、じっと息をひそめた。なにかが、甲斐のまわりで匂った。それはごくほのかな、あるかなきかの匂いで、静かにやさしく彼を包むようであった。甲斐は太息をついた。甲斐は自分がいかにも弱く、無力で、しかも困憊しきっているのを感じた。