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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
「冗談を云わないで下さい」
「知らないというなら嘘だ、知らないなんて云わせないぞ、腰元どもが禁を犯して、中の木戸の垣根越しに文を付ける、それも五度や十度ではない、ということをおれはちゃんと知っているんだ、まあ聞けよ、おれはそれを咎めるんじゃない、黒田が相手にしないこともわかっているよ」
つまるところ、腰元などが付け文をするのは、黒田の男ぶりにもよるだろうが、家中の評判のよいことの証明でもある、と弥兵衛は云った。玄四郎は腋の下が冷たくなるように思った。滝尾はべつとして、奥女中から付け文をされたことは幾たびかある。もう何年もまえのことだし、人の口にのぼったようすもないから、誰ひとり知る者はないと思っていた。
――どうしてわかったのだろう。
それが不審であるよりも、知られていたことによる自分の危うい立場を考えて、玄四郎はぞっとした。
「ずばっと云ってしまえば」と弥兵衛は続けていた、「おれの女房の妹を貰ってもらいたいんだ、年はちょっといってるが、縹緻もそう悪くないし、家柄は番頭で、ずっと奥勤めをしている、奥方づきでたいそうお気にいりだというから、将来なにかのときに役立つだろう、おい」