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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「いや、おれはただ、犬死にをするな、ということが云いたいのだ」

「望んで犬死にをするやつはないさ、まあ聞いてくれ」と七十郎が云った、「里見老は一ノ関の館へいったことがある筈だな」

十左は、ある、と頷いた。

「あとでいいが、館の間取を図に書いてくれ」

「一ノ関へゆくのか」

「兵部を片づける」と七十郎はまた微笑した。

十左は眼を拭こうとして、手をあげかけたまま、七十郎を見つめた。七十郎はゆっくり手酌で飲んだ。彼はいま彼の面目をとり戻したようである。この青根へ来てからの、疲れたような、力のぬけた表情はきれいに消え、以前のままの、濶達さと明るさがあらわれてきた。

「それは、――」と十左は吃りながら云った、「それは困難だ、それはむずかしいぞ」

「なにが困難だ」

「一ノ関は猜疑心の強い人だ、仙台、江戸はもちろん、館にいても非常に用心がきびしい、まあ聞いてくれ」と十左が云った、「いつか一ノ関で狩をしたとき、家従の射た流れ矢が身辺をかすったらしい、すると兵部は狙矢だと思った、まったくそう信じたようで、半日あまりも曲者の捜索をさせた」

「兵部らしいな」

「そのときちょうど、おれは十カ条を挙げて兵部を問罪し、仙台では連日にわたって面会を求めた、それを思いだしたのだろう、曲者は里見十左衛門だといきりたって、ただちにおれの動静をさぐりに来た」