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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「――ただいまにてもあれ、鎌倉におん大事あらば、ちぎれたりともこの具足、取って投げかけ、錆びたりとも長刀を持ち、痩せたりともあの馬に乗り、一番にはせ参じ着到につき、さて」

そこで七十郎は刀を取って抜き、白刃を振りながら舞った。

「さて合戦はじまらば、敵大勢ありとても、一番に割って入り、思う敵とよりあいて、死なんこの身の」

七十郎は刀を上段から振りおろし、そのままうたいやめて、急に笑いだしながら、元の席へ坐った。彼は刀によくぬぐいをかけて、鞘におさめると、家従の若待たちに、こんどはおまえたちだ、と指さし、なにか披露をしろと、名を呼んで命じた。

若侍たちは、代る代る、神妙にうたったり、舞ったりしたが、七十郎は仰向けに倒れ、両手を頭のうしろにかって、ひそかに、眉をしかめながら唇を噛んだ。

――颯爽たるものだな。

という甲斐の声が、またしても、はっきりと聞えたように思ったのである。だめだ、と七十郎は天床をにらみながら思った。こんなことではだめだ、こんな軽薄なことで大事がやり遂げられるものではない。うん、と彼は低く呻き、歯をくいしばった。

その夜、七十郎はよく眠れなかった。