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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
いつぞやは、酒井忠清と兵部とが取り交わした、三十万石分与の「証文」を売り込もうとした。それはすでに中黒達弥から、甲斐の手に渡っているし、達弥に渡したのは六郎兵衛の妹であった。こんどはなにを売り込もうというのか、それとも、妹から仔細を聞いて、礼金でも貰おうというのなら、湯島へ来たとき呉れてやってもいい、と甲斐は思った。
湯島の家に着くと、おくみに手をひかれて、出迎えていたかよが、片手に赤い折鶴を持って、いきなり甲斐に抱きついて来た。
「いけません、かよさん」とおくみがとめた、「いまそう云ったばかりでしょ、たあたまはお疲れなんですから、すぐに抱っこをなすったりしてはいけませんて」
「かよは小さいんですもの」とかよはすまして云った。甲斐は笑いながら抱いてやった、「そうだ、かよはまだ赤ちゃんだからな」
「赤ちゃんじゃありません、かよたんは五つですからね」
「そうか、小さい五つか」
「小さくはありませんですよ、大きい五つですからね」
「では抱っこをする五つだな」
かよは、ええと、ええと、と口ごもり、甲斐は居間へはいっていって、そら、これでいいだろう、とかよをおろした。