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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「それはいい」と甲斐はまた呟き、心をあたためられたように、その眉をひらいた。

「二人はいま浅草の誓願寺裏という処に住んでいて、新八さんは唄で稼げるようになったし、おみやさんはその世話をしにかよっているそうですわ」

「まだいっしょではないのか」

「それほどの稼ぎはまだないと云ってます、おみやさんはどこかに奉公していて、ときどき逢いにゆくような話でしたわ」

「それが羨ましかったのか」

「殿がたにはわからない気持かもしれませんが、今日なんぞ」とおくみは艶のある声で、低く笑いながら云った、「此処へ来てから二人は付きっきりで、遠慮なく云いあったり、世話をしたりされたりするのを見ていると、貧乏で食うや食わずでもいいから、こんなふうになりたい、これが夫婦というものだって、しんそこ羨ましくなったんです」

「かよにはそれができる」と甲斐が云った。

広間のほうから、三味線の音締めをする音が、かすかに聞えて来た。

「おまえのしたかったことを、かよにさせるがいい、侍の子だなどという考えは捨てて、町人の娘らしく、暢びりと気楽に育てるのだ、私たちにできなかったことを、かよにはさせるようにしよう」